「私、ミスチル好きじゃないですかぁ?」

「知らねぇ!」心の中でシャウトした。もちろん世界の中心で。

10年目に贈る、かぞえうた(ワン・バイ・ワン・プラス ~10年目のフレームより~)

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例えば誰かに「この曲、どんな印象?」と問えば「大好き!毎日聴いてる!」という人は少ないかもしれない。「何回聴いても興奮する!」という人もきっと多くないと思う。

だけど「いい曲だよね」「感動する」という人はきっと星の数ほどいるだろう。

Mr.Children 配信限定シングル、かぞえうた。

配信から10年経った2021年8月29日宮城県石巻市で行われたライブ「ワン・バイ・ワン・プラス ~10年目のフレームより~」

今回そのライブ中で披露された「かぞえうた」について、ブログで話していきたいと思う。




ワン・バイ・ワン・プラス ~10年目のフレームより~

【出演者】
櫻井和寿 小林武史

【ゲスト】
Salyu 四家卯大 沖祥子

【日時】
2021年8月29日(日)
開場 16:00 / 開演 17:00

【会場】
マルホンまきあーとテラス
石巻市芸術文化センター 大ホール

【セットリスト】
01. 優しい歌
02. 花-Memento-Mori-
03. 糸
04. カルアミルク
05. Worlds end
06. LOVEはじめました
07. Drawing
08. 悲しみを越えていく色
09. HALFWAY
10. MESSAGE-メッセージ-
11. はるまついぶき
12. forgive
13. 花の匂い
EN
14. かぞえうた
15. to U

※このライブの名義は「櫻井和寿」だけど、かぞえうたの作詞作曲はMr.Children「桜井和寿」なので、この記事の中では時系列によって「桜井さん」と「櫻井さん」の名前が混同しています。




「ワン・バイ・ワン・プラス ~10年目のフレームより~」についてを話す前に、かぞえうたを作った当時のことをここで今一度振り返りたい。

かぞえうたを歌う前のMCや、何度も来る返される言葉から、作った当時の彼らの様子を傍らでずっと感じていたことがある。

東日本大震災当時、彼らはアリーナツアーの真っ最中だった。災害の影響を顧みてそのツアーも一時中止・延期となり、そのツアーとツアーの合間にかぞえうたは作られた。

東日本大震災直後、すぐにメンバーやスタッフ、小林さんが集まってミーティングを行ったという。

その際JENが「一曲曲を作って配信で聴いてもらって、その収益を義援金に当てるのはどう?」という提案をしたものの、「曲を書かなきゃいけないのか」と思ったのが、当時率直な桜井さんの答えだったそう。

それは、大規模な災害を目の前に「誰かを励ましたい感動させたいと思いながら音楽をつくるのは、やましいような気がした」から。

当時そんな葛藤があったと度々桜井さんは語っていた。




あの時、忘れられないのは一時中止したツアーの再開後、この曲をライブで披露した時のこと。

ライブで桜井さんはかぞえうたを披露する直前に、曲を作った経緯の紹介と共に、桜井さんは小さな声で

「それ(新曲を作ること)がいいことなのかわからないけれど」と、悲しそうに言っていた。

まぎれもない本音だったと思う。あんなに悲しい桜井さんを見たことなんてなかったから。

あの人はどれ程大きな罪悪感をもってこの曲を生み出したのか、それは今でも言葉では言い表しきれるものではないと思っている。





思えば、自分が知るここ10年間の桜井和寿という人は、暇さえあれば「曲を作るのが趣味」「曲を作りたくて作りたくてしょうがない」という人で。

むしろ20年25年前からどんなに曲を作っても作り足りないような、うんざりするほどレコーディングをしても、それでもまだまだ曲を作ってしまうような、そんな人。

時にはスランプになったり、小林さんから曲を託されて内心ひそかに「絶対無理」みたいなことを考えていた時もあったけれど

(そして内心「絶対無理」と言いつつ毎回ちゃんと要望に応えて、仕上げてくるところがまたすごいと思うけど…)

そんな普段の桜井さんと、かぞえうたを作った当時の桜井さんのニュアンスはまた違う。

実際にかぞえうた制作から半年以上、桜井さんは曲を作っていない。

あんなに曲を作りたくて仕方ない人が唯一、「(曲を)作ってない。作れない。自信がない。」と言っていたのは、ちょうどその頃。





そんな当時のことを思い起こしながら、改めて石巻のライブ「ワン・バイ・ワン・プラス ~10年目のフレームより~」の話に戻したいと思う。




2021年、夏、今回この東日本大震災から10年というタイミングで「かぞえうた」は披露された。

ライブの終盤、アンコールの小林さんのMCからその曲は始まった。

今回のライブは小林さんがこの場所でやることをイメージしながら、イニシアチブ(主導権)を持って選曲したという。

小林「このアンコールの曲はその中でも特にぜひ櫻井やろうよって。ほんとにステージやるの、多分彼も久しぶりなんだと思うんです。」

ステージ上には、その言葉に何度も頷いている櫻井さんがいた。

そのくだりもすこし不思議な気持ちで聞いていた。曲の紹介が入るまでは櫻井さん随分饒舌だったのにな、と思っていたから。(今思うとそれも緊張の裏返しなのだろうか?)

櫻井さん自身は曲紹介において何も語らず、特に何も触れなかったけど、だけど小林さんのピアノが鳴る直前のこと。

目を瞑って胸に手を当て、小さく三回ほど自分の胸をとんとんとんと叩いていた。

それはまるで、自分を、誰かを鼓舞するような、仕草で。

(特にこのワン・バイ・ワン・プラスでは、優しい歌やDrawingでも胸に手を当てるシーンはあったけれど、胸を叩くような仕草はこの時だけだった)

どんな気持ちでそのしぐさをしたかはわからないけれど。

本音はどんな気持ちだったか、それもわからないけれど。




イントロを聴いて「かぞえうた、だ。」とその曲を認識することができたあの瞬間。まるであらゆる直前の疑問が合致するような気持ちになってしまった。




歌い出してまもなく当時と異なる曲の印象に、驚かされた。

こみあげてくるのは、前述したかぞえうたを作った当時の記憶の数々。

あの頃と違って石巻のステージで歌うかぞえうたは、とても穏やかで優しい印象を受けた。




こんな笑顔で歌う曲だっただろうか?何度も何度も当時のかぞえうたを思い起こしていくうちに

あの頃、この曲で笑顔を見せたとしても、一曲を通して決してライブでニコニコしているような曲ではなくて、どこか切ない笑顔を垣間見るような曲だったように感じていたことを思い出す。

なんならライブで歌い始めた頃は、苦しそうだとさえ感じながらかぞえうたを聴いていた。

届けたい反面、まるで吐き出したいような、何かに向かって叫んでいるような。

あの頃の歌い方がまさにそんな感じだったのもあるけど、この曲に関しては特にそんな印象がずっとあった。




そう、苦しそうだった。

かぞえうたはあの頃あの人にとって、生み出すことも歌うことさえも苦しい曲だったように思う。

だけど今回のライブでは、力強さは健在だけど、あの頃よりもっとずっと穏やかで優しくて。

いつの間にこんな笑顔が似合う曲になったんだろうな。

こんな風に歌う日が来るなんて。いや、むしろついに来たのだろうか。

「きっと わらえるよ べつにむりなんかしなくても」と「いつか いっしょにうたいたいな えがおのうた」の“いつか”が来た日を、この場所、このライブでどうしようもなく感じてしまった。

罪悪感を感じながらこの曲をかぞえうたを作って歌っていた、当時の桜井さんからは想像もつかなかったくらいに

当時の迷いや苦悩、曲を作ることをやましい、不純だとさえ言っていたあの頃の桜井さんの気持ちも、報われたような気持ちになってしまった。




今回のライブは個人名義でバンドではないし、演奏自体も伴奏のみだから、本家と比べてしまうのはもしかしたら間違っているかもしれない。

結局本人は言葉では何一つ語らなかったけれど、でも間奏で頷いたり、噛みしめるような姿を見せたり、座ったまま頭を下げた後立ち上がって、もう一度深く深く頭を下げたり。

どんな思いでこの曲を歌ったのか本人が語らずとも、声のトーン、歌い方、仕草や表情から、どうしたっていろんなことを想像してしまうような時間だった。




そしてこのライブを見ていると、ふと「つらいことは時間が解決してくれる」という言葉が浮かぶ。

「時間が解決」なんて無責任な言葉、以前は好きじゃなかった。

つらいのは今じゃないか、気休めを言われた方はたまったものじゃない、と昔の自分ならきっとそう思っていた。

でも、これは気休めの言葉なんかじゃなくある種真実の言葉なんだろうな、と今ならそう思えるから。

正確に言うと時間の経過に物事を解決する力は無いけれど、でも物事と向き合ったり受け入れることで、時間の経過とともにまた別の時間を与えてくれるんだな、と思うようになったから。




桜井和寿が作って櫻井和寿が歌った、かぞえうたのように。誰かにとっての苦しかったあの時間が、誰かにとってのこんな風に優しい時間に変わる瞬間を想像してみる。

10年、20年、30年、経っても、何処かに住む誰かにとって、いつか少しでも優しい時間が訪れることを、何度でも願いたい。

10年目の石巻に東北に贈る、かぞえうたと共に。願わくば。





ではまた





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